文豪の書物置き場

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また苔が生えてくるその日まで(4) 作戦決行?

 午前5時。ようやく日が出始める頃にキャメロンは目を覚ました。いつもと同じ起床時間だが、いつもよりずっと頭がスッキリしている。昨日は早く帰ることができたので早寝をしたのが功を奏した。毎日こうだったら良いのだが、おそらくそうはいかないだろう。自分はともかく、マドック先生は自分よりずっと働いているはずだが睡眠時間を確保できているのか、とキャメロンは心配している。医者の不養生を地でいくことにならないと良いのだが。
(……あれ?)
 身支度を素早く整え家を出ようとして、キャメロンは気付いた。玄関にある靴は自分の靴が一足だけ。キンバリーの靴が無かった。気になってキンバリーの部屋に向かい、音を立てないようにドアをそっと開けた。
「お姉ちゃん?」
 目を凝らして部屋の奥のベット見た。毛布がめくられていて、人の姿は無かった。
 
 
 (起きられた!!良かった!!)
 キャメロンがキンバリーのベットを確認していた頃。キンバリーは軍手とタオルと小さいシャベルを袋を入れ少し早足で歩きながら墓地へ向っていた。目的地は賢者様の墓。
 
  墓守の手伝いを終えた帰り道、キンバリーは貸本屋で植物図鑑を借りてヒカリゴケの生態を調べた。ヒカリゴケの生態についてはまだわかっていない事が多いため書いてあることは多くなかったが、収穫はあった。例えば洞窟のような、湿気が多くて風通しの悪い空洞にヒカリゴケはよく生える、と書いてあった。
 これが事実なら、ある仮説が成り立つ。賢者様の墓下にヒカリゴケが生えていた。ということは、あそこには空洞のような場所がある可能性がある。夜中に賢者様のお墓に近づいた時、フランクは墓を漁ったのかとキツく問い詰めてきた。なぜフランクがああまで問い詰めてきたのか。
 賢者様の墓下には、何か秘密がある。それがキンバリーの出した結論だった。
 
 
 好奇心と暇という2つの財産をふんだんに使い、キンバリーは準備を始めた。墓守の手伝いをすることで墓地の全体像を掴み道を覚え、墓地にいることが不自然にならないようにする。フランクに怪しまれないか心配だったが、思いの外歓迎してくれた上、魔女に関する話まで聞かせてくれるとは思わなかった。それだけに、今日の作戦を決行するのはフランクを騙すようでキンバリーは心苦しかったが、一度動いた好奇心を止めることはできなかった。
 深夜に墓地に忍び込むつもりだったが、早朝の方がいいとキンバリーは気付いた。そ、道中の暗闇を気にしないで済むし、カンテラの燃料も節約できる。それにこの時間ならまだ誰も起きていないから、誰かに目撃される心配もない。
 
 
「あれ、おはようキンバリー!早いねー!」
 自分の名前が呼ばれた気がした。
 どういうこと?
 突然のことにやや混乱しながらキンバリーは声のした方を向いた。その時、自分が大きな誤算をしていたことを知った。深夜に働く職業はほとんどないが、早朝から働く職業はあった。声をかけてきたのはパン屋のパンジーだった。
「え、あ、パンジー…お、おはようっしゅ」
 動揺しながらキンバリーは不自然な挨拶を返した。
「最近やっと暖かくなってきたから、起きるのは前よりしんどくなくなったんだけどね。キンバリーは散歩か何か?」
「え、あ、う、うん散歩散歩!運動しないとね春だしハハハ!!!」
「朝早くから運動ですか、いいですね。最近体動かしてないから、私も見習わないと」
 引きつった笑いを浮かべ必死に誤魔化そうとするキンバリーの後ろから、二人の会話に割って入ってくる人物。
「あ、ウォルターおはよ。ていうかウォルター運動する必要ないじゃん、水毎日運んでるんだし」
「そうでもありませんよ。背中と腕は鍛えられますけど腹は運動足りていないんです。」
 水汲みウォルターの朝も早かった。
「あ、じゃあ私行くね……!」
「ああ、ごめんね邪魔しちゃって」
「あ、ではまた」
 これ以上いるとボロが出てしまいそうだったので、キンバリーは慌てて2人に別れを告げて早足でその場を去った。ごまかせたかどうか不安だったが、ウォーキングのルートとしてはそれほど不自然じゃないだろうと自分に言い聞かせ、キンバリーは再び墓地へ向った。
 
 
 キンバリーは墓地に辿り着いた。
黄道13星座の名を冠した、各スフィアの代表として光り輝く選ばれし魔女たち。魔女たちは畏怖と憧憬を込めてこう呼ばれました。『マギアクリスタ』と。しかし星降りの宴の日、マギアクリスタ達に試練が訪れるのです!」
 墓地の近くには、誰に見せるでもなく1人で紙芝居を熱演する人物がいた。
「……何やってるの、メイソン……?」
「うわ、びっくりした!キンバリーこそ何やってるの?」
「わ、私はえーと、ウォーキングよ、ウォーキング」 
「その袋は?」
「え、こここれはタオル!」
 持っていた袋を指摘されて、キンバリーは慌てて袋からタオルを取り出した。墓下を探るための道具を指摘されるとは思わなかったが、タオルを入れておいて本当に良かったと思った。
「で、メイソンはこんなところで何やってるの?」
「紙芝居」
 当然とも言いたげに答えた。
「何でこんなところでやってるの……?」
「全国ツアーが始まるから準備したいんだよ。ここなら誰も来ないから大きな声出せるし。あ、そうだ。今日、午後からシフォンのところでプレビュー公演やるから、よかったらキンバリーも来てよ!」
 意味がわからなかった。
 ただわかったことは、しばらくメイソンはここで紙芝居の練習を続けるだろうということだ。パンジーとウォルターの時はウォーキングで誤魔化せたが、メイソンが近くにいる以上、墓地に入るわけには行かなかった。
 キンバリーは作戦の決行を断念した。
 
「これ、前売り引き換えクーポン!デイジーのところ行けばマカロンとかもらえるから!」
「あ、ありがとう……」
 メイソンから手渡された手描きのクーポン券を袋にしまい、キンバリーはウォーキングをする体で自宅に戻った。
 
 結局、墓地に忍び込むことはできなかった。早朝にあんなに人が多いとは思わなかった。誤算を悔いながらキンバリーは二度寝した。
 
【続く】