文豪の書物置き場

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また苔が生えるその日まで(5) 魔女公演と人狼伝説

 お気に入りのお菓子を食べられるというのはとても幸せなことだ。

 フワフワと口の中で広がる楽しい食感のマシュマロ、サクッとした外側の皮と中のじゅわっとした風味のマカロン、甘い中にも芯のあるビターな風味が心地よいチョコレート。デイジーはそんなお菓子の華やかさと美味しさを愛していた。食べるのはもちろんのこと、自分でお菓子を作ることも大好きだった。好きが高じた結果、彼女は菓子屋を開いた。最初こそ菓子を作る以外の店は繁盛し、常連客もできた。

 その中に、毎日のように通ってくる男がいた。彼は足繁く菓子屋に通い、店の菓子を食べ絶賛した。それがデイジーに好意を伝えるためのアプローチだとわかったのは、彼と結婚した後だった。

 こうしてデイジーは、少し体重の増えた夫、ダンカンと共に今日も菓子屋を営んでいる。

 

 

 お気に入りの本を没頭して読めるというのはとても幸せなことだ。

 最後の一段落まで油断ができないミステリー、自分まで胸の高鳴りを抑えられなくなる恋愛小説、違う世界へと旅立たせてくれるファンタジー。貸本屋の娘として生まれ育ったシフォンにとって、読書は日常であり生きることに欠かせないものであった。父親の亡き後、貸本屋稼業を引き継いだシフォンは父親の大事にしていたカラーを引き継ぎつつ自分のカラーを出していき、貸本屋を繁盛させていった。

 ある日、とある恋愛小説についての推薦文が良いと褒められ礼を述べたところ、その相手は当の恋愛小説の作者だった。シフォンの素直な気持ちが当の作者に見られるとは思わず、シフォンは気恥ずかしくもあり嬉しくもあった。それが、夫のゴーシュとの出会いだった。

 こうしてシフォンは、締切に追われる夫、ゴーシュの執筆を手伝いつつ今日も貸本屋を営んでいる。

 

 

 お気に入りの本を読みながらお気に入りのお菓子を食べるというのは、とてもとても幸せなことに違いない。そう考えたデイジーとシフォンは意気投合した。結果、二店の近くにある広場に菓子を食べるためのオープンスペースができた。

 オープンスペースには人が集まり始め、人が集まるに従ってイベントをしたいという申し出が二人のところに来始めた。こうして、オープンスペースは不定期に様々なイベントが行われる、娯楽と憩いの場としての地位を確立したのである。

  オープンスペースに行けばとりあえず暇は潰せる。二度寝して正午過ぎに目を覚ましたキンバリーは、メイソンからクーポンをもらったことを思い出し、オープンスペースへ足を運んだ。

 

 

 「かくして、初日の議論と投票の結果、声を失うことになったのは天秤座の魔女、キャシー・ザ・ライブラでした。お互い涙を堪え切れず、アイヴィーと抱き合うキャシー。しかし、シレンティウムの魔法を浴びたキャシーは悲嘆することも激励することももはや叶わないのです。声を失ったキャシーは、自分の心が狭い狭い檻に閉じ込められたような感覚に襲われました。

 果たしてキャシーは狼の女王に乗っ取られた人狼だったのか!?まだ魔女たちの戦いは始まったばかりです。次回『エスターの涙の理由』、ご期待下さい!!!」

 
 
 オープンスペースの今日のイベントは、メイソン紙芝居のプレビュー公演「星降る歌と13人の魔女」。菓子屋で一定額以上の商品を購入した人は誰でも見られるという形式で始めた紙芝居は、メイソンの名人芸とも言える語り口と相まって人気を博していた。今回はゴーシュが脚本を手がけていることもあって、プレビュー公演がオープンスペースで行われていた。
 「キャシー…………!!」
 「どう考えても人狼じゃねえよ………」
 「メイソン、次回いつやるの!?」
 公演を観ていたドリス・キース・キンバリーは皆涙ぐんでいた。三人の様子を見る限りでは、多少の微修正を加えるだけで本公演を始められるくらいには仕上がっていると考えて良いだろう。
 「続きはあそこの人が書いてるから、せっついたらなにか出てくるかもよー」
 紙芝居の評判に満足しつつもどうやって仕上げていこうかと内心考えながら、メイソンは後ろで見守っていたゴーシュを指差した。

 「今まさに書いているところだからね、楽しみにしていてよ」

 「はい!」

 満面の笑みでゴーシュがキンバリーに答えるのを見て、シフォンはデイジーに尋ねた。

 「デイジー、ビターチョコレートって今日ある?」

 「ありますよ。ストロングチョコレートでよろしいですか?」

 「うん、一番強いのを頂戴」

 シフォンはデイジーに代金を支払い、ストロングチョコレートを買った。ああやってゴーシュが答えるのはどういう時は、シフォンは知っていた。まだ一文字も書いていない時である。スケジュールを考えると、今夜で執筆を始める必要が出てくるから、眠気覚ましの強いチョコレートが必要になる。

 「やっぱりさあ、シレンティウムって名前変えたほうが良くない?パルパッソとか」

 「絶対ダメです」

 ゴーシュはメイソンと打ち合わせを始めた。執筆に取りかかるのはもう少し後になるだろう。シフォンは頭の中で貸本屋を閉めた後の今日のスケジュールを組み立て始めた。

 

 「でもすごいよね。誰の声を失わせるかって、ああやって話し合いで決めるのって」

  「人狼伝説をあんな風にリメイクするなんて思わなかったよ。面白いなあ」

  「人狼伝説?元々そういう話があるの?」

 きょとんとするドリスにキースが説明した。

 「あるもなにも、この村に伝わる伝説だよ。満月の夜に人間を喰べた狼が、月光の魔力でその人物になりすまし、家族や友人を夜ごとひとりずつ餌食にしていく、忌むべき存在、それが人の狼と書いて人狼。」

 「そんな伝説があるんだ………」

 「人狼が紛れ込んでいることを知った村人たちは、村を救うために悲壮な決意を固める。さっきの魔女と同じように、毎日会議を開き話し合い、人狼と思わしき人物を」

 「処刑する」
 説明を聞いていたドリスとキンバリーの顔がだんだん強張っていった理由を、キースは理解した。背後から来た人物が自分の右肩に手を置き、自分のセリフの続きを取った。その声をキースはよく知っていた。

 「局長も公演を観にいらしていたとは知らなかったです」

 振り返らずに、キースはねじ巻き仕掛けの人形のように応答を返した。

 「観てねえよ。どこぞの記者が油売ってねえか調べてたらあっさり見つけちまっただけだ」

 左肩にも手が置かれ、キースはまたビクリとした。

 「これから全国公演するメイソン紙芝居のプレビュー公演となれば、取材しないわけには行かないですから」

 「俺はキースを文化部に配属した記憶はないけどな」

 「この村は小さいから、どこに配属されてもほぼ全部オールラウンドでできるようにしておけって言った記憶はありますよね、局長」

 「そう言った記憶はあるが、お前はあくまで社会部だから事件の調査や裏とりを最優先にしろって言った記憶もあるぞ」

  瞬間、キースが前のめりの姿勢になった。

  「あ、テメエ待て!!」

  局長と呼ばれた男、サミーはキースが逃げようとするのに気付き追いかけようとしたが、キースの方が早かった。キースはサミーを振り切り、北側にある村の教会方面へ全速力で走り去っていった。

 

  「まったく……ああ、話している最中、悪かったな」

  サミーは呆然と顛末を見ていたドリスとキンバリーに詫びた。

  「あ、いえ、大丈夫です………ええと、サミーさんも知ってるんですか?人狼伝説」

  少し気まずくなった間を紛らわせようと、キンバリーが尋ねた。

  「知ってる。……そうだな。少し待ってくれ。ダンカン、紅茶を一杯頼む」

 「はい、かしこまりました」

  サミーは紅茶を頼むと、キンバリーとドリスの近くに椅子を持って行き腰を掛けた。

  「この村に配属になった時、歴史だの地理だの、ひと通りのことは調べた。そこで知ったのが人狼伝説だ。さっきキースが言っていた通り、昼は疑わしい人物を議論で決めて処刑する。で、夜は人狼にまとめて襲われないように結界を張った別々の場所で眠る。人狼は結界を一晩で一度しか壊せないから、最悪、死ぬのは一人で済む」

  「結界?」

  「賢者様が施した秘術によって、人狼と戦うための場所が出てきて、そこなら結界を張ることができるんだとよ。で、議論を尽くして人狼を追い詰め村人は、人狼を全部倒して平和な村を取り戻しました、とさ」

  「そんなおとぎ話があるんだ…」

  「ですがこの村の門には賢者様の魔除けが飾ってありますから、全くのデタラメでもないかもしれませんね」
  サミーに紅茶を運んできたダンカンがドリスのつぶやきを受けた。
  「ダンカンも人狼伝説知ってるの?」
  「自警団の見回りで、クリスに教えてもらいました。北側の門に飾ってある賢者様の魔除けは、人狼などの魔物の侵入を防ぐためであると。人狼が本当にいるかどうかはわかりませんが、何か正体の分からない魔物がいるというのは、十分ありうる話かもしれませんね」
  キンバリーの質問に、近くの椅子に腰をかけながらダンカンが答えた。
  「そうなんだ………」
  キンバリーはマカロンを食べながらダンカンの話を聞いていた。もしかしたら、賢者様のお墓に何か関係があるのかもしれない。そう思いサミーとダンカンにもっと話を聞こうと思った時、カラスの鳴き声が聞こえてきた。
  「おっと、長居しちまったな。そろそろ俺は局に戻るよ。じゃあな」
  いつのまにか夕暮れになっていた。サミーはダンカンに紅茶代を渡すと、広場を後にした。
  「ありがとうございました。…ええと、そろそろ店を閉める時間ですので………」
  ダンカンは少し申し訳無さそうにキンバリーとドリスに告げた。
  「あ、ごめんなさい。ごちそうさまでした」
  「また明日ね!」
  ドリスとキンバリーはダンカンに礼を告げた。もっと話しを聞きたかったが、邪魔するのも悪かったので諦めた。
 
 
  「あ、ちょっと待ってキンバリー!」
  席を立ちドリスと共に家路につこうとするキンバリーを、デイジーが呼び止めた。
  「何ですか?」
  「さっき店の前で見つけたんだけど、これキャメロンのじゃない?見覚えある?」
  デイジーが差し出したのは銀色の万年筆だった。
  「…そうです!これキャメロンのです!」
  一目見て、キンバリーはすぐにキャメロンが使っているものだとわかった。父親の形見として、いつもキャメロンが利用している万年筆。
  「良かった。キャメロンに届けてくれる?」
  「はい、もちろんです!」
  キンバリーはデイジーに何度も礼を述べ、家路についた。

 

【続く】