ゆっくり目を閉じて、意識を右手に集中する。右手をゆっくり開き、
「アリシ・セーガ」
魔導書に記されていた呪文を、一つ一つ思い出しながらゆっくり読み上げていく。
「ドエン・ラアノール」
下ろしていた右腕をつっくりと、正面に手の平を向けるまで上げ、
「ブカ・ニモ」
指を一本ずつ、閉じていく、まずは小指。
「スニデドン」
薬指を閉じる。
「ラーロラー・キダン」
中指を。
「リートーオ・オリセ!」
親指を閉じる。天に向けた人差し指に、魔力が集まってくる。準備は整った。あとは号令をかけて相手に向かって撃つだけだ。狙いを定め、人差し指を正面に向ける。
「我に集いし数多の星よ、その力を持って邪悪を貫け!!貫く数多の針(ピアッシング・ミリオンニードル)!!」
「朝からうるさいよ、お姉ちゃん!!」
キャメロンがドアを開けて怒鳴り込んできた。キンバリーはびくりと体を震わせて、正面に向けていた右腕をひっこめた。
「いいよもう魔女の話は!!」
キャメロンの剣幕に動揺しながら言い訳するキンバリーをキャメロンは冷たくあしらった。ただでさえ最近は忙しく睡眠時間を十分に取れないこともあり、キャメロンは余計イライラしていた。
「……だってーー!! 暇なんだもーーん!!!」
「知らないよそんなの! そんなに暇なんだったら洗濯物でも取り込んでよ! もうマドック先生のところに行く時間だから!!」
泣き出しそうなキンバリーを冷たくあしらい、キャメロンは乱暴にドアを閉めて家を出て行った。
(……暇だなー)
キンバリーは当てもなく村をフラフラと歩いていた。とりあえず洗濯物を取り込まないとキャメロンに怒られるので、洗濯物は綺麗に畳んでタンスにしまった。しかしそれを終えてしまうと、またキンバリーは暇になってしまった。
両親が財産を残してくれたおかげで、キンバリーとキャメロンが生活に困ることは無かった。しかしそのことは、キンバリーの勤労意欲に悪い影響を及ぼし、キンバリーをますます暇人としていた。一方キャメロンは、もう自分たちみたいな境遇の子供を増やしたくないという信念のもと猛勉強して、今では医師マドックに師事し医術を直接見習うまでになっていた。まだ日は浅いのでできることは多くはないが、その熱心な姿は確実に村の人々の信頼を集めていた。最近、村を当てもなくぶらついているとキャメロンは頑張っているねと声をかけられることが多くなった。しかし、それはキンバリーにとっては「姉である自分は弟と比較して何もしていない暇人」と言われているように感じられた。そんなこともあり、キンバリーは声をかけられないようにあまり人気のないところをふらふらとするようになっていた。
「あれ、こっちって…。」
キンバリーは自分が村はずれの墓地近くまで移動していたことに気付いた。今日は彼岸だ。墓参りは昨日キャメロンと済ませたが、どうせ他にすることもないので、キンバリーはもう一度墓参りするついでに墓地を探索することに決めた。
「また来たよー。元気してるー?」
キンバリーは墓に呼びかけた。もちろん両親は死んでるので元気にしているわけはないのだが、キンバリーはかつて自分が村に帰省した時と同じように、そう呼びかけた。花はまだ枯れていないし、墓石は昨日キャメロンが丁寧に磨いていてくれたので、キンバリーは軽く祈るだけにとどめた。
両親の墓参りを済ませたキンバリーは、特にすることもなかったので予定通り墓地を探索することにした。キンバリーの両親の墓は墓地の入り口近くにあったので、あまり墓地の中を歩くことが無かった。夕暮れ近くだからか、墓参りをする人も見かけなかった。キンバリーは人がいないことに居心地の良さを感じながら墓地を巡った。
彼岸の季節だからだろう、大抵の墓地には花が手向けられていた。しかし中には、花はおろか何年も放置されているめか、苔にびっしりと覆われた墓石もあった。キンバリーは苔に覆われている墓に彫られた名前を読み、その人物に想いを馳せた。
この人、子供とか身寄りの人いないのかな。たまたまだったらいいんだけど。
私が死んだら、キャメロンはきっと墓参りしてくれるんだろうな。キャメロン、しっかりしてるから。でももしキャメロンが死んだら…。
そこまで考えて急にキンバリーは怖くなり、考えるのを止めた。キャメロンがもし死んだら、キンバリーはいよいよ一人になってしまうと感じた。自分の家にある財産は何の慰みにもならなかった。自分の想像に恐怖したキンバリーは、帰ろうとしたが、振り返って気づいた。もう日は暮れて、夜になろうとしていた。
(あ、あれ、帰り道どっちだっけ?)
目印になりそうなものはあったはずだが、暗くなって行くにしたがい、目印が見えなくなっていた。闇を深めていく墓地の中で、キンバリーは帰り道を見失っていた。
【続く】