文豪の書物置き場

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また苔が生えてくるその日まで(3) 魔女の墓磨き

 正午近くになってようやくキンバリーは目を覚ました。とはいっても、この時間帯になって起床するのはキンバリーにとっては日常的だった。違っていたのは、昨日は墓地から帰ってきた直後にベットに倒れこむようにして寝たため、普段より就寝時間が早かったことだ。それにも関わらずいつもと同じような時間まで寝ていたので、思っていた以上に疲れていたのだろう。

 キンバリーは身支度を整えるため、のそのそとベットから這い出した。
 
 洗顔と軽い化粧しようと洗面台に向かう途中、キンバリーはリビングに書き置きがあるのを見つけた。昨日帰ってきた時は無かったはずなので、あの後キャメロンが帰ってきたのだろう。
 
「しばらく忙しくなりそうだから、夕飯はいらない。何かあったらマドック先生の診療所に連絡ちょうだい。  キャメロン」
 
 仕事に慣れはじめたとは聞いていたが、そうなるとマドック先生も遠慮無く仕事を振るようになったのだろうか。体がそこまで丈夫な方ではないし、調子崩さなきゃいいけど。
 キンバリーは弟の身体を少し案じつつ、出かける準備を始めた。押入れや洗面台を探り、必要な道具を揃えた。たわしにバケツ、ほうきとちりとり、そして軍手。とりあえずこれがあれば大丈夫だろう。
 
 
 「……何しに来たんじゃ、おんしは」
 管理事務所を訪れたキンバリーをフランクは不審者を見る目つきで睨みながら言った。
 「お手伝いに来ました!!」
 そんなフランクの視線を意に介さずキンバリーは答えた。ラフな白Tシャツにサスペンダーのついたジーンズズボン、軍手を嵌めて右手にほうき、左手にたわしとちりとりを入れたバケツ。そんなキンバリーの格好は、確かに掃除をするための格好ではあった。
 「あの、昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。それでお詫びと言うわけではないんですが、掃除のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
 「藪から棒に…」
 「昨日歩いてたんですが、広いですよねここって。掃除とか管理とかすごく大変そうで。だから、お手伝いできないかって思いまして」
 フランクの言葉を遮るようにキンバリーは訴えた。少なくともキンバリーがそう感じたのは事実だった。
 「……大変じゃぞ」
フランクは答えた。
 「…あ、ありがとうございます!!」
キンバリーは満面の笑みで答えた。思いつきで建てた自分の計画が予想以上に順調に進んだことに対して、心のなかで快哉を叫んだ。
 
 
 キンバリーは心のなかで悲鳴を上げた。
 スクレイバーの墓石の苔を取り除き、周りの落ち葉を拾ったり雑草を取り除く。最初は単純でなんてことない作業だと思っていたが、次第に腕が重く、腰に鈍い疲労が溜まっていくのをキンバリーは感じた。手伝うといった手前、途中で投げ出すわけにはいかなかったが、特に苔を取り除くのが大変だった。墓石の形は角型、十字架型、アーチ型など様々で、その度スクレイバーを慎重に当て、力を抜き過ぎず入れ過ぎず苔を取り除くのは神経を研ぎ澄まさなくてはならなかった。苔を上手く取り除き光沢のある御影石が現れた時は嬉しかったが、腕と腰に溜まる疲労を帳消しにするまでには至らなかった。
 「ほれ、まだ苔が残っとる」
 フランクはスクレイバーで磨いた後の墓石の隅を指さしキンバリーに言った。キンバリーは意地悪なフランクに対する怒りを隠した笑顔で答え、喜んでとばかりに指摘された苔を取り除いた。
 
 もっとも、フランクは意地悪ばかりで言ったわけではなかった。
「でも、これくらいなら残ってても別にいいんじゃないですか?」
「駄目じゃ、苔はきちんと取り除かんといかん。墓石はデリケートじゃからの」
「デリケート?」
「少しでも苔とか汚れを放置すると、石は痛む。それが広がるということは、石の痛みが広がる。しまいにはああなる」
 フランクが指さした方をキンバリーは見た。そこには、長いこと手入れがされていない墓石があった。苔がまだら状に墓石を覆っているもの、ヒビが至る所に入っているもの、ひどいものには右半分の石が崩れているものまであった。
「ひどい……」
「ああなってしまったのはワシらにも責任があるでの。じゃが、最近はここを訪れるのも少なくなって無縁仏が増えておる。これでは管理が追いつかん」
「そうだったんですか……」
 キンバリーは、なぜフランクがあっさりとキンバリーの申し出を受けいれたのか理解した。それなりの数手入れはしたつもりだったが、フランクの口ぶりから察するにまだまだ手入れが必要な場所は多そうだった。
「せっかく魔物からこの村を守ったというに。魔女たちが泣いておるわい」
「魔女?」
「何じゃ、最近の若いモンは星降る魔女伝説も知らんのか」
「星降る……知ってますそれ!!というかそれこの村に関係あるんですか?」
「あるわい!それを知らんで魔女伝説を知っとるとは言わん」
「だって魔女伝説って、架空の話じゃ……」
「魔法を使ったかどうかは架空の話かもしれんが、本人達は実在し賢者様とともにこの村を守ったのは事実じゃ。おんしが磨いた墓が、まさにそれじゃよ」
「え?」
「彼女たちはその類まれなる才能を遺憾なく発揮し、賢者様と共に恐ろしき魔物たちの侵攻を退けてきた。今も北側の門には賢者様の魔除けが祀られておる」 
 フランクの説明を聴きながら、キンバリーは今しがた自分が苔を取り除いた墓石に刻まれた名前を読んだ。
アイヴィー・N・ブランチ……ええっ、アイヴィー!?」
「うん?名前は知っとるのか?」
「ええと、ゴーシュさんが書いた小説で……」
「ああ、なるほど。ゴーシュの小説かい。昔、ゴーシュが取材させてくれと頼んできおったんじゃが、ようやっと書き上げたんか」
 フランクは合点が行ったという体で頷いた。
「フランクさん。ということは他にも、その、魔女たちがここに眠っているんですか!?」
アイヴィーも含めて全部で18人、全員おる。ただのう……」
「ただ……?」
 
 
 キンバリーは、フランクが言葉を濁した理由が分かった。魔女たちの墓は苔が生えていたり雑草に周辺が覆われていたりで、ほとんど手入れがされていなかった。フランクは魔女伝説の事を知っていたが、それでもこの有り様になっているということは、本当に管理が追いついていないのだろう。
「こんな有り様にしてしまってなあ……」
 手入れができていないことを魔女たちに詫びるように呟くフランクを見て、キンバリーは自分まで何か悪いことをしている気持ちになった。星降る魔女伝説の事を知って魔女たちのファンになっていたのに、その本人たちの実情も知らずに呑気に楽しんでいたのがなんだか申し訳なくなった。
 
 
  「フランクさん。魔女たちのお墓、磨かせてください」
 
 
 その翌日から、キンバリーは苔を丁寧に取り除き墓石を磨き、雑草を毟り枯れ葉を拾い集め取り除いた。一部の墓石に入ったヒビはどうしようもなかったが、できるだけのことはした。お陰で魔女たちの墓は見栄えがずっと良くなり、フランクにも申し訳ないくらい感謝された。キンバリーは魔女たちの墓が綺麗になったこと、フランクの心象を良くしようと墓守の手伝いを試みたことが予想以上に上手くいったことに心から満足した。
 
 
  墓守の手伝いを続けることで、墓場の全体像をキンバリーは掴んでいた。
 4月に入ってから最初の土曜日。作戦決行の時は来た。
 
【続く】